銘銘掃掃(めいめいはくはく)


「2008年 お不動様の初御縁日によせて」


 お早うございます。今日はお寒い中、正月の28日お不動様の御縁日ということで、只今御不動堂におきまして御詠歌の御法要を戴いたところでございます。こうして皆さまご健勝でご詠歌にご精進頂きます事、心からお慶び申し上げますと共に又本年もよろしくお願い致します。
 私も今日が初不動ということで、職員といつものようにお護摩を炊かさせていただいたのですが、考えますと正月元旦の元朝護摩から始まり健康でこうして護摩修行をさせて頂くのもこれまた有難く、御本尊様お不動様のご利益だなぁとつくづく感じておるところであります。
 お不動様というのは仏教的に申しますと一番上に如来様というのがおいでになる。次に菩薩様がおいでになる。そしてお不動様は不動明王様でございますから明王という位の仏様であります。そのほかに天賦或いは翔天という大きく分けますと四つに分かれておる訳でありまして、如来様というのは出家者、昔の坊さんのその姿をあらわしておるのが如来様であり薄い衣一枚着けただけの色々なものを持っておりませんし頭に宝冠もつけておらず、これはお釈迦様が出家されてお悟りを啓かれたそのお姿をあらわしているという非常に質素なお姿をしているのが如来であります。

  あちこちのお寺さんに参りましてその質素なお姿の仏様を見ました場合にはこれが如来様の仏なのだなあとご理解頂いてよろしいかと思います。同時に真言宗の教主であります大日如来様だけは金の宝冠をつけておられますけれども如来の中の王であるという大というのは太陽の陽の当たる上昼夜区別することなくわれわれに降り注いでおられる如来仏の慈悲の中の王ということで宝冠をかぶられているという事ですね。他の如来様は質素なお姿をしておられる。お釈迦様のお悟りを啓かれた出家者のお姿を見習って他の出家者も修行するわけであります。菩薩様というのはお釈迦様が出家する前のお姿をあらわしています。お釈迦様というのは少数ではありますがシャカ族の王子として生まれておられますから夏の離宮であるとか冬の離宮であるとか、普段の政務を摂られる離宮をいくつも持っておられた王侯の王子という立場でありますし貴金属もたくさんお持ちで、ネックレスや耳飾りをつけた華やかに着飾ったお姿の菩薩様だったろうかな思います。
 そんな中でお一人だけ地蔵菩薩というのは修行僧のお姿をされており錫杖を持ち薄衣一枚だけという他の菩薩仏様と比べますと非常に質素なお姿をしておられますが、そのご請願というのはどこか別のところから御利益を与えてくれるのではなくて常にわれわれと共にあり、自分達の貧しき人間と同じような同じ目線で共に歩むという質素な菩薩様のお姿をしておられます。
 お不動様は右手に剣を持ち左手に索(ロープ)を持ち、うしろに火焔を背負って立たれておる。その剣というのは、人を殺す剣ではなく人の利権人間の煩悩を打ち砕く剣であり、左の索(ロープ)で吾々の悪心を絡め捕る紐であるという悪心を絡めて打ち砕いて炎で浄化してゆくと云うお姿をお不動様はしておられるのであります。人間知らず知らずのうちに悪心というものがあるわけでして、仏様は全てお見通しでありまして 口に出さなければ或いは行動に出さなければ解らないと思うのは身勝手な人間の心であり、お不動様には全部見透かされておるということであります。本年も御不動様のご利益ご請願、或いは御本尊様大日如来様、お地蔵様と皆さま方共々に一緒に歩いて行くという御請願等々、自分の心としてこの一年間ご精進いただけたら、皆様方も更に多幸の年になるのではないのかと思います。皆さまそれぞれの立場において、この一年いろいろの場面があると思いますが、それに負けることなく常に信仰心を持って御本尊様のご利益を疑うことなく自分の信ずる仏様に守られているというお気持ちを堅固に持っていただいて、どうかこの一年をご精進いただけたらと思います。 

合掌