銘銘掃掃(めいめいはくはく)


「世界的金融動乱期の心の持ちように寄せて」


 今朝も大分冷え込んで寒いといっても11月も下旬 あと何日もせずとも12月に入ります。昔は霜が立つほど寒かったのですが、近頃は温暖化の影響で霜の立つのも遅くなりましたね。
 ところでテレビを開けると金融危機の問題何処のチャンネルも報道が組まれております。26年ぶり日経平均株価が8,000円台を大きく割って7,162円 バブル崩壊後の時も大分苦労しましたけれどもそれ以上に株安ということで、今後政府がどんな手を打つのかマスメデアのかまびすい場がある訳であります。今回は20数年前のあのバブル崩壊体験以上の日本が危機を越した事のない危機という事で前回と違って世界の同時株安ということで、世界金融危機 世界恐慌という言葉に匹敵するような経済状態、世界の金融事情が落ち込んでおるということであります。私は株を持っている訳ではありませんし、事業をしてる訳じゃないけれども、やはり現況から来る不安感というものはいつも心の中にもやもやした引っかかり、気になるところであります。此の株安は今から26年前1982年頃 日本の経済状態バブル崩壊時を思い起こしますと 皆様地に足を踏ん張って頑張ってこられた方々には、あの頃を振り返って今と同じように不安を持っていたのかなあ 或いはこんな不安感というもの自分の精神状態の姿と対峙してみるのも心の持ちようを見る上で大切な事かとおもうのであります。
  今日本に限らず世界中の国々が成長主義或いは拡大主義の政策の下、どんどん組織、企業を大きく手広くやっていかなければいけないという方向性で経済に取り組んできたその結果が今日のような一つの経済の行き詰まりを生む羽目になったと思うのであります。サプライズとかリーマンブラザーズの破綻が引き金になった世界的金融危機 今日の金融動乱の時期を迎えてしまったということであります。
  皆様方もご存知のように日本が1993年頃バブルが崩壊して日本の企業が一斉に海外へ逃げて行って此の儘では日本の産業の空洞化が起こるのではと心配した訳であります。しかし今、述べましたように成長主義 拡大主義の美名の下に、日本の企業も世界に出て行きそれなりの成長成果はあったのでしょうが、唯そこに常に高き望みの追求ばかりでは果たしていかがなものかと考えるのであります。水の譬えの如く高きから低きに流れる水はどんな器の容器にもきちんと収まる余裕融通性という性質を持っている。そして流れに沿って偉大なる大海に注がれて行く、それに比べて人間というものは、水とは逆に高きから低きを望む人はいない訳で、常に低きから高きを目指しそれを愉しみながら 余裕を持ちながら努力すればよいのですが、企業にしても我々個人にしてもどうも窮々として額に汗して或いはストレスの中での生き方にまるっきり上善水の如し自然の理 当たり前が逆の行動をしておるのが我々人間ではないかと思われるのであります。
  今日は生活も低きより高きへと一生懸命人間が努力してそれなりの恵まれた環境を戴くようになり車も一軒に2〜3台持つようになり、家も持って子供にも一部屋という当たり前の便利なゆとりというものを手に入れたけれども、しかし考えて見ますと昔は家族揃っての食事を摂ることが、だんだん少なくなり団らんの便利さをよそに、大切なものを置き去りにしている風潮にあることもゆがめない事実であります。ですから 利便性、物事のゆとりだけで本当に人間の幸せというものを獲得できたのかなとちょっと疑問符をもつところであります。
  ものの本によりますと以前に池田勇人という総理大臣がおりまして、あの人の有名な句に「貧乏人は麦を食え」という句がありますが所得倍増論を昭和30年代唱えまして、10年で所得を倍増にする戦後はもう終ったのだという池田内閣は僅か2年ちょっとで目的を達成しました。それからずっとやはり金儲けはいいことだとその視点でこの何十年突っ走って来て我々はバブルを経験し、そして又今度の経済金融不安を経験することになり何となく生活は豊かになっておるけれども精神面に於いてはそれでいいかと云うと決してそんな事はない 人間何時になっても不安は不安として残る。決して物質に恵まれたからといって精神的幸せ 幸福感は = ではないと感ずるのであります。
  皆様方のなかにも株を持っておられる方、或いは事業経営をされておられる方がおいでになりますが、外から来る情報に惑わされ事業の景気に右往左往して心配しがちですが、あまり心配してもなるようにしかならないのが此の世の中なのです。ですから最大限の努力はするけれども もうそれ以上の心配というのはどこか自分であきらめる、どこかに捨てるぐらいの気持ちから離す方が人生生きやすいと思う方が幸せなのかなと思うのであります。決して投げやりで云うのではなく、やるべきことはしっかりとやる。その人智の及ばないものに対しておもてからの価値観とか そういうものに心を汲々として悩み常に不安感を持って生きて行く生き方というものは如何なものかと考える訳であります。昔の言葉にこんな言葉があります。

  「得がたき貨は人の行いを妨げしう」

得がたい金貨を欲しいと一生懸命やってきて それをたまたま手に入れる事が出来たとしても よし成功したなと思った途端気のゆるみとか迷いから元のもくあみに戻る。その一生懸命稼いだ金によって身を滅ぼすというそんなバブルの後の六本木ヒルズの衆議院選に出馬して落ちた人の譬えもあり そのようになりかねない訳であります。これが+だとか −だとか これが善だとか 悪だとかそんなものの判断は時代と共に変化して行く訳でありまして常に恒久的なものはないのであって、その都度表面からくる情報に振り回されないような気持ちでいることが大切です。今日の朝刊経済新聞を読んでいて 今の金融不安の原因はアメリカから起こった問題であり、日本の株安というのはその機関投資家が円が欲しいから円を売ってその結果として円安になる原因を作っている。例えば、日本の銘柄225の平均値を1、000円と押さえた時 今は860〜70円位の値打ちしかないということになります。それでも要するに財産は持っているが株価が下がってその含み損ということで損をする訳であって、会社自体の持っている財産 人材はちゃんと担保されているということであり、あまり日本人はびくびくする必要はないということ。もうしばらく辛抱することが肝心だという新聞のエコノミストを読んで感ずるところであります。
だから表面からの情報に右往左往することなく堪えるところは堪えて、こうして不景気になれば自分の財布も締めるところは締め倹約する心構えも自己防衛の家計をつなげる手段でもあります。外部の情報に一喜一憂しないでドンと構える心づもり地に足をつけて腰を落ち着けて此の世相に対応していくことが大事かなと思います。今日の景気一憂に当たって思っている一端をお話させていただきました。本日もありかとうございました。

合掌