銘銘掃掃(めいめいはくはく)


「位牌の由来について」


 本日は日曜日ということもあり、朝から夕方まで、ずっとご法要のお勤めをさせていただくのでありますが、その折に必ず皆様にご位牌とご遺影のお写真をお持ちいただくようお願い致す訳であります。今日はそのご位牌についてお話をしたいと思っております。

 それぞれ、皆様方のご自宅にご仏壇が安置されてあると思いますが、私共の真言宗であれば、向かって中央に御本尊様、右側に御大師様、側に御興教大師様の御身影を飾ってその前にご位牌がおかれ、お花 灯明 お線香 等々お飾りして御香を焚いてお奉りする訳であります。こうした法要の時には、やはりご本尊様はもちろん必要と同時にご位牌がないとその法事は不都合が生じるということで ご自宅からお持ち戴いて、そしてお寺の御本尊様の前で御廻向をさせていただくことになっております。
 東京都内で、仏壇のある家庭というのは、おそらく50%強だと云われてます、これから見ても自宅にお仏壇がない、この数字は多少のずれはあるかと思いますが、自分は初代だから自分の家には仏壇がないんだ、又、その逆に新家庭を持つ時に両親が他界しておればその仏壇をもって、そして一家を構えるという場合もある訳であります。そこで今日はその位牌とは何だろうかということですが、皆様方にはどういうイメージをお持ちなのでしょうか?・・・例えばお釈迦様が亡くなられ、そのご遺骨を八つに分けて土饅頭を作って、その上に記念塔を建てる。それが今で云うお塔姿という時代の変遷を昔からつづけて来たのであります。しかし今のインドに行っても、位牌というのは無いであります。インドにそういう風習がないということであります。仏教というのは、インドから中国に渡って朝鮮 日本に、伝わって来たのでありますが、そこで中国にそう云う下地のものがあったのか調べてみました。
 古代中国には「木(樹)主」或いは「神主」と云うのがあったということであります。中国の古記録に、紀元前2千数百年前の史跡について書を連ねた書物「史記」があります。その中に中国の周・・・紀元前11世紀から10世紀にかけて栄えた古代王朝でありますが、王朝を作られた文王が死去した後、太子・発(ハツ)が天子の位につく訳であります。その発が、近隣の国を攻める時に、自分の父親である文王の木主を担いで行ってその武威をしめしたという事が書かれております。これがお位牌のひとつのルーツかと思われます。この位牌について色々の決まりがありまして、木主の高さが1尺2寸(約40センチ)、板の厚さが1寸2分〈約4センチ)、位牌の下の台は4寸角〈約13センチ四方の角材)で木主の高さは一年12ヶ月を表し、厚さ1寸2分は一日の時間・・・干支(子・丑・寅・卯・・・)を表し、同時に実名、字と諡名・・・仏教でいう戒名を書くということであります。
  日本の位牌のルーツである木主、神主が輸入されたのが、中国の宋の時代と云いますから、平安中期から鎌倉中期にあたります。位牌というのは記録の上では3000年以上の歴史があるというわけであります。又、そういう意味で中国では5代に遡る血族が個体として祀られ、それ以後は先祖として敬う慣わしがあるということであります。日本では33回忌の祭りあげから御先祖ということになっておりますが、物事には因って立つべく歴史があるということで、今日現代のお仏壇に飾るご位牌は、そこに”魂の拠所”なのだと云う事が判るわけであります。位牌という記念碑を通して魂は我々の血縁の流れ、血肉の流れ等々を気づかさせてくれる深い意味合いを教えてくれているのだと思うのであります。
 どうぞ、これからも、お仏壇に手を合せて亡くなられたお一人お一人に想いを馳せてお祈りして頂ければと思います。本日もありがとうございました。

合掌