銘銘掃掃(めいめいはくはく)


「ご詠歌のルーツ」


 お早うございます だいぶ朝夕寒くなってまいりましたが、今日は天候に恵まれまして 霜月11月28日 お不動様の御縁日という事で 皆様方の参拝を いただき、そして日々ご詠歌道の奉納をしていただいておりますが、今年も早いものであと1ヶ月となりました。思いつくままに年末のご挨拶をさせていただければと思います。
 今朝は、ある会社の社長さん始め、多くの社員の皆様が本堂いっぱいにお見えになりまして、会社の発展のお護摩をという事で、ご祈祷いたしたところでございます。ご祈祷のあと、社長様と応接間でお茶を飲みながらいろいろ雑談をしつつ、今年を振り返り、明年の展望を話し合った所であります。

 ご詠歌の皆様方は、本年もご出席精進されまして、この寺の年間行事にご参加され教区或いは宗派の大会等々に、立派にご詠歌の御奉詠をなされて来た訳でありますが、その点に尽きましては心から厚く御礼を申し上げるところでございます。
 改めてご詠歌の資料をめくりまして、メモしたところをお話してみたいと思います。
 ご詠歌というのは皆様 外の先生方から既にご指導いただいているので ご存知かと思いますが、物の本によりますと、日本安芸津島と言われていた頃より、日本には和歌という五・七・五・七・七の詠み歌、短歌ともいいますが、このルーツは古事記に出てまいります「スサノウノミコト(須佐皇ノ命)」にまで遡りますとか。
 その和歌とか韻文に節をつけて唱えるのがご詠歌であります。なぜ我々のご先祖様に、この様なご詠歌が広がったのかなと、そのルーツを考えます。
 今朝も、御本堂にお勤めをさせていただき、勤行も終り7時過ぎると空も明るくなってまいりますが、本堂の正面を開けると、野鳥がかまびすく鳴き始めます。今朝はカラスが最初でそのあとスズメがピーチク鳴き始めましたが、何で鳴くのかなあと思ったときに、人間以外の動物野鳥も自分の存在をアピールするとか、鳥仲間で声を通して互いのコミニュケーションを図っているのだろうと思うのであります。声が無く離れておれば、お互いの存在に気がつかないけれども、声によって自分の立つ立場を含めて、その存在をアピールしする伝達方法として声、音声というものが必要であるわけであります。
 ご詠歌というのも、ご本尊様の前で大きな声を出してお唱えし、その声を神仏に捧げ、神仏との一体感を感じるのであろうというのであります。我々も、お経を拝むときに大きな声を出して拝みます。毎朝 小一時間 ご真言の1080遍をそれぞれの仏さまにお唱えしておるのでありますが、最初は大きな声でお堂に響きわたるように唱えます。だんだん声を落として自分の声が自分の耳に聞こえる程度にお唱えして、終わりの頃は 唯心に響くような唱え方をさせていただいておるのであります。神仏に自分の想うところ、願いを音声をもって聞いていただく、その声をパイプ役として神仏に受け止めていただく効用というか、意味あいがあると思うのであります。
 ご詠歌も和歌韻文に節をつけて、15〜16世紀にある程度の形が整えられて現在のようなご詠歌が出来たといわれております。
 また、平安時代に有名な話がありまして、今でいう愛媛県・・・昔は 伊予の国といい国司(県知事)の実綱[サネツネ]という人がおられた。能因というお坊さんが伊予の国に入られて、当時は長い長い日照り続きの旱魃で、穀物が全滅をする危機に瀕しておった、農民の嘆きを耳にして 一ノ宮の大山祇(ズミ)神社(全国の三島神社の総本家)に、共に詣でていた国司・実綱の願いにより、能因さんは和歌を一首奉納されました。
  「 天の川  苗代(ナワシロ)水に  堰(セキ)くだせ  天下ります神ならば神 」
 この意味は、三島神社にあなたが天下ります神・・・天から降りて来られた神であるならば、どうか天の川の堰をとめてこの土地の苗代に雨を降らせてください。という願望を込めた一首を奉納されたのであります。
 そうすると一転、雨が降ってきて凶作を免れたという、和歌に対する功徳の一首が遺されておるのであります。要するに昔の貴族、古代、中世においては、和歌を神仏に奉納するということは非常に、功徳、利益があるんだと考えられていたのです。
 これと同じようにご詠歌も、ご本尊様の功徳 縁起 仏教の教えなどその内容は多岐に及んでおりますが、ご詠歌を通して自分の願いをご神仏ご仏前に唱えて聞き止めてもらう、祈願的要素がある訳でございます。そしてまたそこに神仏が受止めてくれるという効用があり心の平穏を得るという気持ちにもなれるのであります。
 そういう意味で人生、生きておりますといろんな事があります。毎日が充分に満たされ、その心配のないということはないのでありまして、その時には自分の思いを心の中に抱いて、こうしてご詠歌道に精進されておられる皆様ですので、寺あるいはご自宅のご仏前に心を込めてご詠歌をお唱えいただき現世利益という心の安寧安心の功徳の結果をいただけるのではないかと思うわけであります。
 明年も本年以上にご精進され健康で多幸であられますようお祈り申し上げ、今年最後の法話とさせていただきます。

合掌