一休入魂

2007年9月

第6回:仏とは桜の花に月夜哉


 昔から、中秋の名月(9月25日)、13夜(10月23日)と秋のお月さまに薄の壇を設け、お団子や栗などをお供えして、人々は豊作を祈り、また、その美しい姿を愛でていました。
松尾芭蕉の最初でまた異色の弟子とされる、宝井基角(たからい きかく)の歌に


 と歌った詩があります。これは仏とは桜の花や月夜の様に綺麗で尊いものである、そんな歌です。
 昔から雪月花といって、雪景色、月夜と花、この三つは美しいものの代表的なものとして、多くの人々に昔から愛されてきました。

 雪はすべてを飲み込み静寂を与え、汚れたものでも白く染めてしまう。

 月は法然さんの詩にもあるように

というように、その光の届かぬところはなく、遍く照らすもの。

 花は昔から、人の一生に例えられるように、どんなに綺麗に咲いた華も必ず散ってしまう。

そんな雪月花を人々は昔から好んできました。
どんな場所にでも花は咲き、たとえ散ってしまってもまた春には咲きます。そして、月は暗い闇を月明かりで照らし、そのまん丸な姿は、文字通り角がなく、人々の心を和ませます。しかし、月の姿は常に同じではなく、三日月や半月といった色々な形に姿を変えます。人の心も同じです。日常の生活の中で、心を常に丸くすることは容易ではありません。怒ったり、嘆いたり、日々心は波が立っているのではないでしょうか?そんな心に安らぎを与え、和ませてくれるのが仏さまなのです。

 みなさんがもし花、月、雪を見て心を和ませる時、それはお忙しいみなさんへの仏さまからの小さな贈り物なのでしょう。

合掌