一休入魂

2008年9月

第10回:お手本


 先日、當山恒例の大施餓鬼会が厳修されました。当日は生憎の空模様にもかかわらず、400名近くの檀信徒のみなさまにご参集いただき、盛大裡に終えることができました。
当日13時30分より大正大学教授 小山典勇先生よりご法話があり、法話後、先生よりこの様なお言葉をいただきました。
「すぐ近くに座っていた子供たちは、とても立派だった。こんな私の話を飽きることなく、しっかりと聞いていてくれた。とてもありがたい。」
すぐ戻ってその子供たちを見に行くと、小学校4,5年生ぐらいのお子さまたちが座っていました。


  「子供には批評よりも手本が必要である」

 この言葉は古代ギリシャの哲学者ソクラテスの弟子プラトーンの言葉ですが、子供を教育する時は叱るのではなく、まずお手本を見せることが大事である。といった意味の言葉です。子供と接する時、どうしても目先の行動、言動を注意をしてしまいます。しかし、子供は普段の生活の中で親の行動、言動などを見て学んでいることが多く、まさに子は親の鏡なのです。
大施餓鬼会に際してご本堂には300名近くの檀信徒の方々がいらっしゃり、とても窮屈な思いをいただいてしまっており、毎年の光景になりますが、やれ「暑い」、やれ「狭い」、「いつになったら終わるんだ」などと言われる方や、ご法要中に私語が多い方、色々な方がいらっしゃいます。そんな中その子供たちは正座をして、先生の話をしっかりと聞いていたそうです。子供の頃、先生や親に「人の話は黙って最後まで聞きなさい」と言われました。人が話をしている時はじっとその人の顔を見て話を聞く。これが礼儀だと教わりました。国会テレビ中継を見ても、「先生」と呼ばれる議員の方々ですら、演説中にヤジ、怒号を飛ばし合い、そんな姿を全国民へ中継して良いのかと疑問に思う時があります。
 本来、大人である私たちが子供にとって良い手本となるはずが、今回の子供達のその姿を見て学ぶものが多くあったように思います。私たちが大人として、しっかりと自覚をもった行動、言動を行い、子供たちもそれを写す鏡であるならば、現在の無道徳、誤った価値観の世界を変えるきっかけになるのではないかと思います。 

合掌