一休入魂

2009年7月

第13回:臓器移植法案改正A案


 先日、衆・参議員において、臓器移植法改正案が採択・可決され。臓器移植法案A案が採択されました。この臓器移植法案改正の最大の焦点は「脳死を人の死とする」といった死生観であり、法律によって定義づけることへの問題がありました。日本のこの脳死・臓器移植問題は十年以上前から議論されており、その都度論議を呼ぶ問題であります。
 昨日も日本で臓器提供を受けられない小さな命を助けるため、アメリカへ渡った家族がありました。アメリカでは脳死=人の死と明確に判断されており、また、キリスト教でいう「無償の愛」という、他への慈しみの最たるものとして臓器提供が多く行われているそうです。
 日本で臓器移植があまり進まないのは、日本の文化・道徳的観念が妨げとなっていると先進国(臓器移植を正当医療行為とする)から言われているそうです。その日本文化・道徳の根底にあるのが宗教であり、仏教の死生観でもあるのです。
 仏教において、この臓器移植について二つのまったく異なった解釈ができると思います。一つは「諸行無常」、万物は常に移りゆく、人の命もまたその摂理に基づき、去る命もあれば、生まれる命もある。この考えからすると、臓器に疾患を以て生まれてきた小さな命でも、それはその命の持つ宿命であり、短い命にも大きな意味がある。しかし、自然という大きな流れにおいて、それに抗うことはできない。とする考え方。
 そして、もう一つは「捨身」(シャシン)、この身を提して他を救う、慈悲の心。お釈迦さまが生まれる前の前世の物語「ジャータカ物語」にもこの捨身の物語があります。

むかしむかし、ウサギには三匹の友だちがいました。
サルと、山イヌと、カワウソです。
ある日の事、ウサギはふと、明日が精進日(しょうじんび)である事に気がつきました。
精進日というのは、仏さまの教えを守って身を清め、困っている人にほどこしをする日の事です。
「明日、困っている人がきたら、精一杯助けてあげよう」
みんなはウサギの意見に賛成して、家に帰りました。
次の日の朝、カワウソは食ベ物を探しに、ガンジス川の岸までおりていきました。
ちょうどその時、一人の漁師が七匹のコイをつかまえて草の中に隠し、もっと下の方へと出かけていったあとでした。
「おや?この魚は、だれの物だい?持っていくよ」
カワウソは三回よんでみましたが、返事がありません。
そこで、だまってもらってくる事にしました。
山イヌも、食ベ物を探しにいきました。
山道を進んでいると、畑の番人の小屋から、肉や牛乳のにおいが流れてきます。
「おや?この食ベ物は、だれの物だい?持っていくよ」
山イヌは三回よんでみましたが、だれも現れません。
そこでやっぱり、もらっていく事にしました。
サルも森へいって、マンゴーの実をたくさん集めてきました。
ところがウサギは、何も見つける事ができませんでした。
貧乏なので、家にはゴマも米も、何もありません。
「どうしよう、せっかくの精進日なのに。・・・そうだ、もしだれかが食ベ物をもらいにきたら、わたしはその人に自分の肉をあげよう」
さて、このウサギたちの事を知った天上に住む神さまは、みんなの心をためしてやろうと思いました。
そこで神さまはお坊さんに姿を変えて、まずカワウソの家にやってきました。
するとカワウソは、
「さあ、お坊さま。今日は精進日です。どんどんめしあがってください」
と、コイ料理をすすめました。
次に訪ねた山イヌの家では、畑の番人のところからとってきた肉や牛乳を出されました。
そして次に訪ねたサルの家では、マンゴーと冷たい水を出されました。
そして最後にウサギの家に行くと、ウサギはお坊さんに言いました。
「今日は精進日です。ほどこしをしたくて、あちこちかけ回ったのですが、ごちそうは手に入りませんでした。そこで今日は、わたしを召し上がってください。けれど、お坊さまであるあなたがわたしを殺してしまえば、いましめを破ることになります。そこですみませんが、火をおこしてください。そうしたら、わたしは自分で火の中に飛びこみましょう。焼けた頃に取り出して、召し上がってください」
神さまが火をおこすと、ウサギは火の中へ飛びこみました。
ところが火の中へ身を投げたというのに、ウサギはやけどひとつしません。
「あれ? おかしいな」
 ふしぎがるウサギに、神さまがいいました。
「信仰心(しんこうしん)のあつい、かしこいウサギよ。おまえの徳(とく→よい行い)が、のちの世の人にかたりつがれるよう、記念をしておこう」 神さまはそういって、大きな山をつぶし、そのしぼった汁で、月の表面にウサギをえがきました。
その時から、月にはウサギの姿が浮かぶようになったという事です。

 この観点から考えると、臓器移植は徳の高い行いといえるでしょう。
 しかし、この両方に共通しているのは、「脳死を人の死とする」や「臓器移植」という点は一切論じられていないということ。これは、あくまでも科学の進歩であり、人間の進化ではないからであり、自然の摂理ではないからなのではないでしょうか。
 この度採択されたA案は「脳死=人の死」を前提につくられており、生前の意思表示がない場合は家族の同意をもって移植可能とするものです。この議決を機にご家族同士での話し合いをし、それぞれの意思・死生観を互いに確認することが必要なのではないでしょうか。

合掌