一休入魂

2010年03月

第15回:あたりまえのこと


 我々が日常生活において、あたりまえの様に思っていることは多々あります。例えば、一日三食の食事、住む家、家族・・・数え挙げたらキリがないほど、あたりまえは我々の生活の中に常にあります。
 一日三食の食事にしても、自分の意思で三食とらない人もいるでしょうが、アフリカや発展途上国の人々にしてみれば、あたりまえではなく、一日一食の食事をするのさえ困難な人々もいます。住む家もそう。冷暖房完備で快適に過ごせ、布団やベッドでの安眠。家族だってそうです。両親や兄弟、ペットなど、家に帰れば「お帰り」と言ってくれる家族がいること。
 普段は気にも留めないようなことも、見方を変えれば、とても不安定な中になりたっていることに気付くはずです。住む家にしても、地震や天災によって不意に失った人々のニュースを毎日耳にします。家族にしても、僕の友人は二十歳で他界しており、ご遺族の悲しみは計り知れないものだったでしょう。友人と明日また会える保証はどこにもありません。また、不景気だといいながら、一日三食を食べ、お洒落や言論の自由があるこの日本国に住んでいること。みなさんどうでしょう?あたりまえと思っていることは実は自分だけなのです、いつそれらの環境がいとも容易く壊れてしまうか、その可能性はすべてに平等であり、実は在ってあたりまえのことなど一つもないのです。
 三食の食事の際に「いただきます」「ごちそうさま」をちゃんと言っていますか。両親に感謝の気持ちを伝えていますか。兄弟仲良くしていますか。友人を大切にしていますか。振り返ってみてください。これらのすべてに共通することは、敬いの心であり、感謝の心なのです。
 そして、この感謝の心を持って日々の生活を送ってみてはいかがでしょうか。とても素晴らしい日々になる気がしませんか。このあたりまえの生活の礎を築いていただいたのはご先祖さまのご苦労があってのことなのです。今月はお彼岸月ということもあり、ご先祖さまへの感謝の気持ちをこめて、みなさんでお墓参りに行きましょう。

合掌