一休入魂

2011年03月

第19回:宗の教え


 去る2月22日ニュージーランド地震(NZ地震)が発生しました。多くの方々が被災され、被災者の中に多くの日本人が含まれており、日本人行方不明者は28名とのことです。連日ニュースで安否報道がなされておりましたが、被害の大きかったCTVビルでの捜索活動は終了し、今後は身元不明遺体の身元確認作業が行われるそうです。被災をされた方々、ご遺族へお悔み申し上げます。
 みなさまが普段生活をしている時、物事を考える時、また価値観を構成する時、何を基準に考えていますか。その基準となるものは千差万別、十人十色だと思いますが、ある人は倫理、ある人は道徳と答える人もいるでしょう。また、この社会に生きる我々は必ず法律というルールや義務を守らなければなりません。しかし、その法律やルールを作るのはこれまた人間です。何を基準にすればいいのでしょう。
 先日、大正大学 福田亮成教授のご講演を拝聴する機会がありました。曰く「我々社会の基本・基準となるのは、倫理でもなく道徳でもない、宗教が基本になるべきである」とお話をされておりました。この言葉を現代人が聞いたならば、「私は無宗教だから」「宗教を信じていないから」といった声が聞こえてきそうですが。よく考えてみると宗教も悪くないと思えるかもしれませんよ。
  倫理・道徳は共同生活する上で人がつくる価値観の様なものですが、この倫理・道徳はその時代において大きく変化をします。誤解を恐れずに言えば、そこに正義はなく、真実もありません。戦時中であればお国の為、天皇の為に死すことが絶対的大義とされました。しかし、現在では靖国神社へ参拝することに大騒ぎをするマスメディア。大義の元その尊い命を捧げた英霊を軽視する現代の倫理・道徳。時代が変われば価値観も変わってしまいます。
 考えてみるとヨーロッパ、アフリカ、中東やアジアの諸国をみても、宗教のない国は無く、それぞれの宗教に基づいた生活をされています。多民族国家のアメリカ大統領ですら就任式の際に聖書に手を当てて宣誓しています。どの国にいっても、どの時代においても必ず宗教が人々の生活に密接に関わっており、歴史的に見ても、価値観や倫理・道徳の基礎となっていることは一目瞭然です。
 今月は春の彼岸月ということで、18日から24日までは仏教ウィークです。どうか宗教というものに今一度目を向けていただき、その中でも仏教の素晴らしさに少しでも触れていただけたなら幸いに存じます。

合掌