一休入魂

2011年09月

第21回:六根清浄


 去る平成23年8月29日山梨県富士五合目吉田口より富士山登拝修行へ行って参りました。
 今回のご修行は「東日本大震災殉難者慰霊並びに早期復興」を祈る為、私が会長を務めさせていただいている青年僧侶の集まり、真言宗智山派埼玉第一教区青年会の会員14名と登ってまいりました。
 日本一の霊峰富士、昔から山岳信仰の霊峰として多くの人々が登山に訪れ、昨今では外国人観光客の方々も多く登られており。 登山ブームもあいまって多くの方々が昼夜問わず登られておりました。
 その道中は日本一の名に恥じぬ険しき道のりでした。 登るにつれて酸素が薄くなり、傾斜も急になっていき、少しのぼっては休憩を取りながらゆくり登っていきます。 山頂は見えどその距離が一向に縮まらず、参加者も肉体的、精神的な疲労の表情は隠せません。 しかし、目は至って真剣でした。被災者の方々のご冥福と復興を祈る為、気持ちを込めて一歩一歩登っていました。
 また、苦しい場面や心が折れそうな時に 「懺悔(ざんぎ) 懺悔(ざんげ) 六根清浄(ろっこんしょうじょう)」 と大きな声でお唱えいたします。
 この六根清浄の、六根とは我々の基本的6つの感覚 <眼( げん)・耳(に)・鼻(び)・舌(ぜつ)・身(しん)・意(い)> を清めるという意味です。 本来山岳信仰では山を仏と見立て、登山は仏の体内を巡るとされてきました。 仏の体内に入る為に全ての行いを懺悔し、六根を清浄にする必要があるのです。 富士山で売られている杖にも「六根清浄」と書かれておりますがこの意味です。  困難な道のりを越えて登頂した時の達成感は素晴らしいものでした。被災地の方々も多くの悲しみや困難に立ち向かっており、これらを乗り越えた時、被災者の絆や心は一段と強いものになるのではないかと思います。
 人は苦難を乗り越えてこそ成長するものだとよく言います。 しかし、一人ではくじけることもあります。 多くの支えがあって初めて乗り越えることができる問題もあります。 どうか私たち一人一人が被災者と志を共にし、これから先も復興への一助となるべく各々が出来る事をすることが求められているのではないでしょうか。

合掌